Bird Lives: ガーンジー・オークション

この文章は、素晴らしいパーカー・トリビュートサイト"Bird Lives"掲載の文章を、著者Llew Walkerさんのご好意により、私が和訳したものを掲載したものです。義務教育レベルの英語力で「エイヤァ」と訳したものですので、問題のある個所がいくつもあろうかと思います。間違いをご指摘いただけると幸いです。
また資料的な使い方をする場合は、くれぐれも原文を参照いただきますようお願いします。 (よういち)

原文はこちら:"Bird Lives: Guernsey's"


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ガーンジー・オークションは近年のチャーリー・パーカー関連の出来事のなかでも、最も重要な記録であろう。1994年にチャン・パーカーのコレクションの出品された、サザビー・オークションに次いで、このように”パーカーニア”の一同に会したイベントは他にはないだろう。

各報道においては、亡くなってほぼ50年経つジャズミュージシャンのことを、ことさら大々的に優先して伝えることはなかったが、それでもパーカーにまつわる典型的なセンセーションとなった。その報道の中心は彼のキング製サキソフォンに集まった。「サキソフォンの"聖杯"」、50年行方知れずとされて、その間ずっとベットの下に隠されていたのだ! 結局はチャンが所有していたことを、つわもののパーカー・ファンが知ることになるのだから、ややこっけいな話だ。それでも、このサックスは1990年にジャン・ホーン製作の映像「The Bird」でお目見えしており、ハロルド・ジェフタがこれで演奏している。また1994年にもグラフトン製のサックスがオークションに出されたことも覚えておいでだろう(チャンは遺産継承でパーカーの2本のサキソフォンをもらったということか? )。

わからないことだらけだがともあれ、我々が知るべきことは、いくらで、誰の手に渡ったのかということ。25万ドル近くの金額で、匿名の電話入札者に渡ったとのことだ。日本に渡ったのではと推測した者もいるが、願わくばグラフトンのようにカンザスに渡るか、もしくは一般人が見学して天才的所有者に思いをはせることのできるような、公共機関に渡ることを私は望んでいる。

他の出品としては、パーカーの持っていた仏教式香炉と灰皿がある。なぜチャンがこのような小品を持ち続けていたのだろう。なぜ1994年のオークションに、ほかの同様の品物やもっと興味深い品物と一緒に、出品しなかったのだろう? パーカーのカフスボタン、額縁入りの、チャンがパーカーと住んでいたニューヨークのアパートの壁紙、”CC”と彫られた懐中時計(”CC”:Charlie Chan - パーカーがレコーディング契約義務を切り抜けるために使った偽名だ)、裸体で横たわったチャンらしき姿の描いてあるパーカーの未完成の絵(彼はハーヴィー・クロッパーに指導されていた)、これらすべて世界的ソロイストと時をともにした、ささやかな形見。間違いなく、これらの物品はチャンの生活の中で特別な位置を占めていたのであろう。彼女の死からたったの5年後、家族がこれら家宝をお金に換えてしまうとは、ずいぶんと悲しいことだ。売られなかったのは、パーカーが唯一完成させた絵画、娘プリーが大人になったらどんな姿かを想像して描かれたものである(ジャン・ホーンのドキュメンタリーで見られる。サザビーで売られたのであろうか? さだかではない)。この生粋のモディリアーニ流の絵画はパーカーの心をとらえて、彼は思いにふけったことだろう。

しかしながら、”パーカリティ”達の気にするところは、チャン・パーカーの録音テープだろう。チャンがパーカーのコンサートやラジオ放送から録音したものである。特別重要な音源は過去にたくさんでてきた。その多くが、予備用録音媒体であったり、元音源からのダビングであったり、のちに高性能の機器で改良されていたり、そういった音源を含んでいる。チャンはすでに大半の音源を、何らかの機会にリリースしていたが、いまだ公開されていない、まさしく”パーカリティ”達の捜し求める”聖杯”も中にはあった。かといって、すでに公開された音源のテープについてもその価値が減少するというわけではない。なぜなら、それこそまさしくパーカーの演奏の録音に実際に使った、ほとんどそのままのマスターテープだからである。なんという恵みだろう。

パーカーのディスコグラフィーに明記されている演奏場所やイベントのデータは常に錯綜しており、確定された日時についても、デジタル版録音テープの解析を依頼されたフィル・シャープ氏によって疑問視されている(シャープ氏はベネディッティ・レコーディングのデータ整理を行なった人だ! )。データの正確性、そしてすでに答えの出た疑問の解答についてさえ、多くの議論がこれから持ち上がるだろう。例えば、ロットナンバー160aの1953年6月27日もしくは5月22日の音源、存在するとうわさはされていたが、オークションの時までだれも確信を持てなかったものだ。カリフォルニアのジラー・ゾーシアン・ランチ・パーティの音源もある。ここではバードの演奏中、彼もその他の連中も、皆が裸になっていたそうだ! そして、ロックランドでの共産党員福祉コンサートのオリジナル音源もある(ここに出演したために、きっとパーカーはフーヴァー長官のFBI秘密ファイルに掲載されたに違いない! )。他の者もこのコンサートの演奏を録音していたので、技術者はそれを使って唯一のステレオバージョンを作り出すことができたと言われている。だがディスコグラファーのなかにはチャンの録音が唯一のもので、他の音源は全てそこから複製されたものだ、と言うものもいる。パーカーは海賊盤の存在を良しとはしていなかったと言う記録もあるが、このコンサートでのチャンの録音はパーカーがチャンの誕生日に買ってあげた録音機を使ったものだ。

さらに、1950年バードランドのトラックがある。これら31曲はいつ録音されたのか、意見の一致することが無いが、総合的に見て、5月17日から23日の間に演奏されたのだろうとされている。チャンのテープが現在公開されたことで、その日時が確定してもおかしくないだろう。

クリント・イーストウッドの映画「Bird」で使われた録音のテープもある。レニー・トリスターノのピアノと、紙片をブラシでさする音とで、パーカーのバックを演奏しているのが目をひく。

多くの疑問がこれらの録音テープが公開されることで解決するであろうが、シャープ氏はまた新たな議題を提示している。オークション・カタログの詳細のなかには、明らかに抜けている部分もあり、ごまかされているような、そのまま受け入れるには正確性の疑わしい事項もある。例えば、バードがウッディ・ハーマン楽団に参加した時のラジオ放送から録音したテープがいくつかあるが、何らかの理由でそのことはカタログで言及されていない。単に演奏場所と、パーカーが普段は演奏しない録音曲名が明記されているだけだ。また他のコンサート音源の中には「詳細不明のボーカリスト」が参加していると明記されているが、このボーカリストは一般的にサラ・ボーンだとされているのだ。何年か後にシャープ氏がカタログに注釈をつけてフォローしてくれることと思う。

ラジオ放送の録音の中には、パーカー一家の暮らし振りの窺えるものもある。録音中にプリーが泣いていて、キムがしゃべっている。チャンはラジオ放送の演奏に対して拍手をしている。居間のラジオのコンサート放送に対して拍手する人が他にいるだろうか? こうして極めて個人的な出来事、ある者の人生の瞬間がまるまる捉えられて、後世に残されたのである。もっとも、のぞき趣味的なところもないではないが。

カタログの付随パンフレットには、キング製のサキソフォンについていくぶん奇妙な記述が目立たぬように書いてある。楽器のシリアルナンバーを追うことで判明したことなのだが、明らかに1947年にパーカーのために作られたものであることがわかったのだ。いままで残されている写真類からの形跡をたどっていくと、パーカーはそれを1949年から使い始めたことがわかっているのだが? その間の2年間、このサキソフォンはどこにあったのだろうか? とにかくそのサキソフォンはパーカーの手に渡り、彼の残りの人生を共に過ごし、その後チャンの所有になった。そしてチャンは彼の2本のサキソフォンを所有するようになった。いままで報道されたように「失われた」ものではなかった。それにしても、キング製サキソフォンがほぼずっと死ぬまでパーカーの所有として残っていたという事実は、いつも自分の(そして他人の)楽器を質に入れてしまう癖を持ち、常に楽器が質に入れられているので他人のサキソフォンを使っていたという、皆が認識しているパーカーの人物評にあてはまるものではない。まだまだ別のチャーリー・パーカー物語がありそうだ。

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[ガーンジー・オークション出品一覧(Bird Livesより)]






2005.10. 8 Llew Walker
日本語訳 よういち




This text is from "Bird Lives" translated into Japanese,
with permission granted by Llew Walker.

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